
平成23年4月に内閣総理大臣より公益財団法人の認定を受け、「公益財団法人 十四世六平太記念財団(こうえきざいだんほうじん じゅうよんせいろっぺいたきねんざいだん)」と名称変更をいたしました。財団は十四世喜多六平太の功績を記念して、昭和46年に十四世喜多六平太記念能楽堂内に設立しました。
当財団は運営目的を達成する為に、以下の事業を行っております。
能楽の振興と文化の向上に寄与することを目的としています。
現在12名の理事と2名の監事及び36名の評議員で構成される役員により運営しており、その運営に関わる資財の一部は全国維持会員からの会費(維持会費)で賄われております。
当財団は公益法人への移行認定を受け、平成23年4月1日、表記のとおり名称変更をいたしました。
従来から能楽という貴重な日本の伝統文化の伝承・弘布そして興隆発展のために努力してきたつもりですが、新法人移行を契機に、ますます公益目的に奉仕できますように、しかも極めて質の高い喜多流能楽を世に問うべく、努力を重ねる覚悟でございます。何卒、倍旧の御支援、御鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。公益財団法人十四世六平太記念財団
理事長 平田胤明
明治25年喜多流能楽会(のち喜多会と改称)結成後、大山巌邸舞台の払い下げを受け、明治26年飯田町に喜多舞台(鏡板揮毫川辺御楯画伯)を建設したのがはじまりです。
明治初年よりの大正12年の関東大震災により舞台は焼失しましたが、昭和2年侯爵浅野家別邸能舞台の寄贈を受け、四谷に新たに喜多能楽堂(鏡板揮毫熊谷直彦画伯)を建設。その後昭和20年の東京大空襲で再び焼失はしました。戦後の混乱期を乗り越え、昭和30年には現在の地に喜多能楽堂(鏡板揮毫 江崎孝坪画伯、前田青邨画伯監修)を再建しました。
武家政治崩壊後、退潮の兆しを見せていた能楽界の復興に大きく貢献し、また絢爛にして変幻な芸風で大衆を魅了した故十四世喜多六平太の功績を記念し、昭和46年、舞台の維持と後継者の養成・公演事業の展開等を目的として財団を設立されました。これを契機に昭和48年には能楽堂を改築し、平成8年には見所関係の一部改修、また平成19年には舞台の若返りとして床板の張り替え工事を行い、現在に至っています。